日本政治の考察
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手段を選ばない政治家と、目的を見失った政治家(書評:『政治家の誕生――近代イギリスをつくった人々』)
政治家の条件

 あらゆる時代、あらゆる国に「統治者」はいた。しかし、「政治家」がいるのは、民主主義社会だけだ……。

 これだけ聞いても、なんのことだか、よく分からないはずだ。今日は、下記の本を参考にして、歴史的に厳密な意味での「政治家」について考えてみたい。

塚田富治『政治家の誕生――近代イギリスをつくった人々』講談社、1994年

 政治家にあたる人間はどの時代にも、どの世界にも存在すると考える人がいる。また、軍人、独裁者、さらには君主すらも「政治家」の一種ととらえてしまう人もいる。

 しかし、著者によれば、こうした「統治者」と「政治家」の混同はゆゆしき問題である。プラトン、アリストテレスから現代英国の政治学者バーナード・クリックに至るまで、次の条件に当てはまる者だけが「政治家」として見なされたからだ。

政治家とは個別の価値や利害をこえた、多くの人々を納得させるような共通の目的を、自由な人々の同意や承認をえながら、可能なかぎり強権を用いることなく実現し、公的な世界を実現していく統治者である(210-211ページ)。
 

統治者の「暴力」と政治家の「暴力」

 この「政治家像」とその他の「統治者」を区別する最大の特徴は、「暴力」の用い方にある。中世の君主や金正日といった「統治者」にとって、暴力とは「最初の手段=プリマ・ラティオ」である。それに対して、民主主義社会の「政治家」は暴力を「最後の手段=ウルティマ・ラティオ」とする。

 統治の手段が「剣」から「ペン」へと大きく転換したのだ。だからこそ、根気の要る説得や、周到な根回しといった政治の技術がきわめて重要になる。

手段を選ばない政治家と、目的を見失った政治家

「小泉内閣は議会制民主主義を軽視している、まるで独裁政治だ……」

 野党幹部や抵抗勢力から、しばしば聞かれる批判だ。たしかに小泉首相は、55年体制のころの首相たちとは違って、野党と党内に対する説得や根回しをしていないようだ。

 この批判に、小泉首相はどう答えているか。うろ覚えだが、「いちいち意見を聞いていたら何も進まない」、「賛否はあるだろうが、やるべきことはやるしかない」、「最後はみんなきっとついてきてくれる」という意味の発言をしていたはずだ。

 先に引用した政治家の条件のなかの「……自由な人々の同意や承認をえながら、可能なかぎり強権を用いることなく……」という基準に照らせば、小泉首相の発言は多少暴論であることは否めない。しかし、それでも世論が大きく反発を感じていないのは、なぜだろうか。

 僕は、長年かけて培われた、野党と抵抗勢力に対する国民の不信感が、小泉流の強引なリーダーシップを許容させていると思う。

 政治家の条件をもう一度見てほしい。「政治家とは個別の価値や利害をこえた、多くの人々を納得させるような共通の目的」を実現するのが、最大の課題だ。それにもかかわらず、抵抗勢力と呼ばれる族議員や、55年体制下の野党は何をやってきたのか。

再び、著者の言葉を借りる。

構想力を働かせ公的なものに関連づける努力などはせずに、政治家は私企業や各種利益団体の個別的な利益を、むきだしのままの姿で実現しようと奔走する。本来ならば公的なものを考慮し、実現すべき政治家が私的集団の使い走りとなっているのである(218ページ)。
 結局、いまの日本政治を切り盛りしているのは、手段を選ばない政治家=小泉首相と、目的を見失った政治家=抵抗勢力・野党である――といったら、言いすぎだろうか。

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by priestk | 2004-10-10 00:17 | 政治・政治学書籍
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