日本政治の考察
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カテゴリ:天皇論( 3 )
「女性天皇」の実現は時間の問題か
政府が皇室典範に関する有識者会議を設置
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政府は27日、「皇室典範に関する有識者会議」を設置することを決めた。来年1月に初会合を開き、秋ごろに報告書を取りまとめる方針。男性に限られている皇位継承を女性にも認めるかどうかなども検討する見通し。
 諮問機関の性格は、往々にして人選に表れる。顔ぶれから、誰がどんな役割を期待されているのか、なんとなく判ったりするものだ。というわけで「有識者会議」のメンバーを見てみよう。
岩男壽美子武蔵工大教授、緒方貞子国際協力機構理事長、佐々木毅東大総長、奥田碩日本経団連会長、久保正彰東大名誉教授、笹山晴生東大名誉教授、佐藤幸治近大法科大学院長、園部逸夫元最高裁判所判事、古川貞二郎前内閣官房副長官、吉川弘之産業技術総合研究所理事長
 まずメンバー10名の所属団体の属性から分類すると……

●政府関係、3名:緒方氏、古川氏、吉川氏
 JICAの緒方氏はもちろん政府系。古川氏は言うまでもない。吉川氏は経済産業省系の独立行政法人の理事長だ。

●研究者、5名:岩男氏、佐々木氏、久保氏、笹山氏、佐藤氏
 岩男氏は男女平等、女性へのエンパワーメントを主張される学者。佐々木氏は言わずと知れた政治思想の泰斗。久保氏は古代ギリシア、ローマ文学がご専門。笹山氏は日本古代史の研究者。佐藤氏は憲法学者。

●その他、2名:園部氏、奥田氏
 園部氏は政府系に入れてもいいかもしれないが、司法関係者ということで、一応「その他」に分類した。奥田氏は経済財政諮問会議のメンバー。ある意味、奥田氏も政府系かも。

 27日午前の情報では、「懇談会のメンバーは、学者や法律の専門家などで構成する予定」とあったにもかかわらず、実際の顔ぶれを見ると、天皇制や日本史の専門家が笹山氏だけということに気づく。ほかの研究者は、もっぱら法律関係の専門である。また、官邸のコントロールが効きやすい政府系のメンバーがそろっていることにも注目していい。

 さて、次はちょっと難しいが、メンバーの女性天皇に対するスタンスで分類してみよう。

●どちらかというと容認:緒方氏、古川氏、吉川氏、岩男氏
 「政府系」のメンバーは、皇室典範改正に前向きな小泉首相の意向を十分承知した上で「有識者会議」の加わったのだから、当然「容認」の姿勢を打ち出すと思われる。岩男氏は、男女平等の観点から容認と思われる。

●どちらかというと慎重:笹山氏
 笹山氏は記紀に関する著名な研究者であり、天皇制の歴史や伝統に通じていることから、典範改正には慎重姿勢を示す可能性がある。

●不明:佐々木氏、久保氏、佐藤氏、園部氏、奥田氏
 西洋政治思想を専門とされる佐々木氏、古代ギリシア、ローマに詳しい久保氏が、天皇制に対してどんな見解を持っているのか、不勉強なので存じ上げない。憲法と法律の専門家である佐藤氏、園部氏がどういう態度を取るのか、やはり一概には言えない。奥田氏についても、判らない。

 そもそも小泉首相が「女性天皇」を容認するような発言をしたことを知った上で、「有識者会議」に参加した人々なので、容認派が多いのは当たり前である。笹山氏は、一種のガス抜き役と考えてよいかもしれない。また、スタンスが不明なメンバーの中には、他の政府系諮問機関で小泉首相のために汗をかいている者も少なくなくない。そういう意味では、「女性天皇」実現に向けて、小泉首相が抜かりなく布陣を固めた――と見てもいいだろう。

 さて、女性天皇あるいは女系天皇に慎重な人々は、これを見て切歯扼腕しているかもしれないけれども、「天皇が天皇ではなくなってしまう」といった心配は要らないような気がしている。「血統原理」が消失した程度で、天皇制そのものが失われてしまうはずはない、と感じるからだ。それを言うならば、むしろ、戦後の「人間宣言」の方がはるかに重大な天皇制の「自己否定」であったはずだ。その瞬間、天皇制は、国家とも宗教とも(少なくとも公的には)切り離されてしまったのだから。

 それにもかかわらず、なぜ多くの国民が現在に至るまで天皇制を支持しているのか。なぜ、昭和64年1月7日のあの朝、小学5年生の僕は無意識のうちに涙を流したのか。天皇制は、日本人の心の深い部分を掴んでいる。これは、美しく、愛しく、そして恐ろしい現実である。
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by priestk | 2004-12-28 01:45 | 天皇論
女性天皇雑感
 Shu's blog 雌伏編さんの「女性天皇」を読ませていただいて、大いに刺激を得たので少し感想を述べてみたい。
 ただし、例によって、体系だった考察をしているわけでもなければ、明快な政策提言をしているわけでもないので、ご容赦のほど(><)。

 自民党が憲法改正草案の大綱試案の中で触れたこともあって、女性天皇の是非をめぐる議論がふたたび活性化している。印象としては、女性天皇を認める意見が主流を占めつつあるようだが、僕自身は「なるようになる」というのが偽らざる気持ちだ。

 天皇家は、時代の流れの中で、時には驚くべき変化を遂げながら今日まで存続してきた。僕は、天皇家が伝統と権威に寄りかかって安穏と続いてきたとは、どうしても思われない。むしろ、歴代天皇の現実的な政治感覚見……わけても時の権力者との絶妙な距離のおき方が重要だったのではなかろうか。

 それでは、現代日本の権力者は誰か。名目上も、実態においても、それは国民であろう。実際、天皇家は、かつての藤原氏や徳川家、薩長藩閥政府とうまく共存したように、今日では、日本国民に対して、その鋭敏な政治感覚を働かせているように見える。

 たとえば、昭和天皇は側室を廃止した。男子誕生の可能性を減らすことになるにもかかわらず、側室を置くことが国民感覚に合わないことに配慮した上でのご判断であったと言われる(ちなみに明治天皇には6人の側室がおり、大正天皇は側室の子であった)。

 昭和天皇のさらに重大なご決断は、皇族どころか旧華族ですらない女性(口の悪い人は「粉屋の娘」と呼んだ)を皇太子の后として迎えたことだ。これに対する当時の天皇家周辺の抵抗感は、いかばかりだったろうか。「これで皇室もお終いだ」との声も出たと言う。
 しかし、結果として、このご成婚によって空前の皇室フィーバーが巻き起こったことは言うまでもない。それと同時に、「普通の家族」としての天皇家が国民に強くアピールされることになった。「民間人」との婚姻は、藤原氏や徳川家との婚姻と同様の政治的意味を持ったと言えるのではないだろうか。

 国民世論は、たしかに深い見識や熟考によって女性天皇を支持しているわけではない。また、皇室の様々な「伝統」は、変えずにすむものなら、変えるべきではないとも思う。しかし、権力者である国民世論の支持なしに、安定した天皇制を維持することは難しい。そのことを一番よく認識しているのは、ほかならぬ天皇ご自身であろう。

 国民の意思が女性天皇を支持すれば、皇室はそれに合わせて「新しい伝統」を生み出していく。支持しなければ、旧宮家を復活させるだろう。どちらにせよ、皇室は存続し、天皇制は維持されるはずである。
 ちょっと楽観的な(天皇制に反対される方から見れば悲観的な)意見だろうか?
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by priestk | 2004-11-27 16:47 | 天皇論
西園寺公望の皇室観
国家と伝統
 どんな国家であれ、暴力のみで人々を支配できるほどに強くはない。だから、国家はシンボルを必要とする。国旗と国歌、国民共通の言語と歴史、そして、国家元首。これらは、多かれ少なかれ、精緻に作り上げられた人為の産物だ。しかし、時を経るごとに作為性は薄れ、自然なもの、古いもの、愛着のあるもの、つまり、「伝統」として認識されるようになる。

 「伝統」は国家を安定的に存続させる上で、非常に重要な要素にちがいない。その反面、国民の意識の奥深くまで浸透した「伝統」は、「常識」として人々の思考と行動をしばるようにもなる。
 たまには、その「伝統」を再考してみることも、社会の知的風通しを良くするために必要だ。今回は、元老就任後、亡くなるそのときまで天皇側近として行動した、西園寺公望の皇室観を手がかりに、天皇制の「伝統」を考えたい。

西園寺の皇室観
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 西園寺公望(1849~1940)は、日本政治史を語る上で、興味の尽きない人物だ。10代で山陰道鎮撫総督に任ぜられ戊辰戦争に従軍してから、軍部ファシズムの台頭を憂いつつ91歳で没するまで、彼は独特のスタンスで政治と関わり続けた。西園寺は、晩年に彼の皇室観を次のように語っている。
大臣など、御前に出るのを遠慮しすぎる、日常の政務は、天皇と意見が異なった場合でも遠慮せず反対の理由を奏上して差し支えない、明治天皇の御世でも、たとえ天皇が反対されても、これはこうしなければならないと直言し、時には激論の後にご理解を得たこともある、そこに輔弼ということがあるのである、「君臣の礼、上下の別というものは、ただ思し召しに違わない、御言葉には皆従うということではない」
 岡義武氏によれば、このような一種「リベラル」な皇室観は、たしかに彼の出自――清華家の出身であり、明治天皇の遊び相手だった――に由来する部分が大きい。同時に、彼自身が早くから西洋文明に憧れ、公卿としては初めて断髪し、また洋装で参内した人物であることからも伺えるように、生粋の開明家だったことも影響している。

伊藤博文の皇室観
 薩長の元老たちにとって、天皇(皇室)は、藩閥政府の支配を正統化する最大のよりどころであった。特に伊藤博文は、「胸間に勲章をきらめかして勿体ぶって振舞うことが甚だ好き」だった。生来の名誉心の強い性格から、伊藤は厳粛荘重な「栄誉の体系」である皇室制度と華族令を整備してゆく。
 伊藤のこうした皇室政策に対して、西園寺は次のように評している。
わたしどもは、自然的にリベラールに皇室を敬うと共にもっと親しみのあるようにしたい考えであったが、伊藤の方は――全体、あの人は荘重文雅というようなことがすきでね――皇室に対しては言語から改める。わたくしと云っていい場合にも、臣がとか、臣博文がとか云う。伊藤の奏議を聞くには漢学の稽古からしてかからなければ――と陛下(明治天皇)が笑われた
 歴代天皇の信任がきわめて篤かった西園寺公望。その彼が語る皇室観は、教科書で教わる戦前の「天皇絶対主義」とは、かけ離れたものだ。 
 余談だが、最近、宮内庁の厳格な諸規制がすこぶる悪名高い。彼ら自身は、「伝統的」スタイルにのっとって自らの職責を果たしているだけだと考えているのだろう。しかし、「荘厳にして厳粛たる」皇室の伝統の根拠をたどれば、伊藤博文のパーソナリティーに行き着くに過ぎないのだ。

■参照・引用文献
岡義武『近代日本の政治家』岩波現代文庫、2001年。
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by priestk | 2004-10-26 02:42 | 天皇論