日本政治の考察
by priestk
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カテゴリ:雑談( 4 )
ごぶさたでした
みなさま、ごぶさたでした。

priestkです。

入社後、多少は仕事に慣れてきたので、更新を再開しようかと思います。

放談漫談にお付き合いいただけると幸いです。

*頂戴したコメント、TBには少しづつお返事してまいります。
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by priestk | 2005-05-17 00:37 | 雑談
あやしき人々
 僕はpriestとして糊口をしのいでいるわけだが、残念ながらはっきり申し上げて霊感のようなものはない。幽霊を見たこともなければ、超常現象を体験したこともない。
 よく、あたかもpriest自身が神秘的な能力を持っているように誤解される向きがある。しかし、少なくとも、日本の伝統宗教に属するpriestにはそのような力はないと言っていい。霊力を発揮されるのは神仏ご自身であって、神主や僧侶ではないのである。
 もちろん、priestの中には、長年の修行によって得た豊かな教養や味わい深い哲学、そして一種のカリスマ性をお持ちの方はいらっしゃるのだろうけれども、それは決して神秘的な「何か」ではない。

 さて、霊感に縁の無かったはずの僕が、先日、総武線で不思議な人物と遭遇した。
 時刻は昼過ぎ。冬晴れのよく晴れた日であった。車内はわりと混んでいる。僕はつり革にぶら下がり、高橋克彦著『炎立つ』の最終巻を読んでいた。Shu's blog 雌伏編さんの記事で以前紹介されていた本で、これがめっぽう面白いのだ。

 黙々と読み進むうち、ある駅で僕の目の前の座席が空き、黒っぽいコートを着た女性が座った。僕の右手の『炎立つ』ごしに、女性と目が合った。年のころは30代後半か。色が白い。ごくごく尋常なご婦人であった。もちろん、覚えのある顔ではない。

 数分後、異変が起きた。僕の両足の靴の先端に、なにやら感触がある。見ると、その女性の靴が僕の靴の上にちょこんと載っている。しかも、本人はそのことに気づいているのかいないのか、一向に自分から足をどける様子が無い。仕方ないので、僕は何も言わずにそっと両足を動かした。女性はこちらを見るでもなく、じっとしている。

 まあ、こんなこともあるだろう――。それから再び僕は『炎立つ』の世界に没入した。ところが、その数分後、今度は僕の右足に女性の靴が載った。ここで僕はちょっと疑念を抱いた。ひょっとして知り合いか?知り合いが気づかせようと思ってふざけているのか?

 相手の顔を見た。やはり、どう見ても知らない顔だ。女性は眠るでもなく前を見ているが、僕と目は合わせない。普通ならここで声をかけるところだが、僕はこのままいつまで女性が靴を載せているつもりか試してやろうという気になった。

 じりじりと時間が経った。もはや『炎立つ』どころではない。文字が頭を素通りする。ほんの1、2分で女性は靴をどけたが、おそろしく長い時間に感じた。

 これは、ちょっと変な人にちがいない――。そう思い定めて、精一杯、両足を女性から遠ざけた。ところが、女性は座ったまま足を伸ばし――今度は僕の左足に靴を乗せた。その瞬間、肌があわ立った。思わず女性の顔に目を向けると、今度は向こうもこちらをしっかりと見つめている。僕が声を上げようとした途端、電車が駅に着き、女性は降りた。

 冷静になって考えれば――女性は一種の逆セクハラをしていただけかもしれない。妻や妻の妹はそう言って笑う。しかし、電車を降りた直後、僕は父から以前聞いた話を思い出していた。

 ある日、父が地下鉄に乗っていると、目の前に座った老人が立ち上がり、声を掛けてきた。
「旦那、旦那みたいな人が、そんなものつけてちゃいけませんよ・・・」。そう言って、しきりに父の顔に手を伸ばし、何かをつまみ取ろうとする。父は慌てて車窓に映る自分の姿を確認したが、何もついてはいない。「何にもついてないよ、やめてよ」と言う父に、老人は「そんなのつけてちゃおかしいですよ」と同じ言葉を繰り返す。いい加減頭にきた時、老人はある駅で降りた。

 変な人がいるもんだ――そう思いつつも、父は乗り換えのため新宿駅で地下鉄を降りた。そして売店でカップ入りのコーヒーを買い、乗り継ぎの電車が来ているホームへと急ぐ。
 そのとき、一人の女性が「ちょっとちょっと」と父を呼び止めた。「なんですか?」「コーヒー、こぼれてますよ」「えっ?」カップの入ったビニール袋を見ると、穴が開いているのか、たしかにコーヒーが滴って、床まで汚れていた。時間が無いので、やむをえずそのまま電車に飛び乗った。
 やれやれ――。と、思いながらビニール袋を見る。ところが、コーヒーは、全然こぼれていなかった――。

 この二つの出来事を、父は次のように解釈した。実はこの日は、あるお社のお供え物を取り替えなくてはいけない日であったが、父はそれを失念していた。それゆえに、神仏があのような形で注意を促されたのではないか――と。

 仮に父の話を信ずるとすれば、僕が電車で出会った奇妙な女性も、何かメッセージを伝えようとしていたのではないかという気がしてくる。そんなわけはない、と否定したいのだが、一度このように考え出すと気になって仕方がなくなる――結局その日の帰り、僕は実家に立ち寄り、お賽銭を投げることとなった。
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by priestk | 2004-12-05 00:42 | 雑談
マタギ料理を食って考えた
今晩のおかずは、マタギから買ったイワナと鴨の串焼きと、マイタケの味噌汁。両親が福島県に日帰り旅行に行き、お土産に買ってきてくれたものだ。母によれば、車一台がやっと通れる崖沿いの山道を行ったところに、そのマタギの店がある。

ちなみに、僕の職場の同僚には福島出身者と宮城出身者がいるのだが、二人とも「福島にマタギがいるなんて聞いたことがない」と言う。一応、ネットで調べてみたところ、会津地方の只見町などには現在も健在だ。
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イワナと鴨は、最初から軽く燻してある。これを家で焼いて食べるのだ。まず、妻が焼いてくれたイワナをほおばった。ぎゅっと詰まった白身の肉。ほのかに香る燻製のような香り。鮎なんかメじゃないほど、旨い。食べごたえもある。鴨は、なんといっても皮が旨かった。肉は鶏肉と比べて固いが、噛めば噛むほど味が出る。

マタギと同じものを食べていると思うと、なんだか自分までマタギになったような気分になるから不思議だ。いや、僕の発想が単純なだけか。笑

マタギは、東北地方に暮らす、狩猟の民、山の民である。熊など大型獣の集団猟を得意とし、猟に際しては仲間内でのみ通じる独自の言葉を使う。また、農耕民族とちがう山神信仰と、厳格な戒律を持つ。

狩猟の生活。正直いって、経済的には楽ではなさそうだ。最近では、観光客相手の山のガイドとして生計を成り立たせているケースも少なくないと聞く。マタギの高齢化も進んでいる。

市場主義経済の波は、奥羽山脈の山深い集落にまで押し寄せてきている。江戸時代以前から続く、マタギという生き方。失われてしまうのは、そう遠い先ではないだろう。どうにも寂しい話だ。いろいろな生き方があっていい、いろいろな職業があっていい、と僕は思うのだが。
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by priestk | 2004-10-27 00:39 | 雑談
映像の世紀(1)20世紀の幕開け
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1995年にNHKで放送された有名な歴史ドキュメンタリー作品。
90年代におけるNHKドキュメンタリーの最高傑作といっていい。
以下、内容の要約をamazonのレビューから抜粋させていただく。
リュミエール兄弟がシネマトグラフを発明し、人類が動く映像を記録するという術を得たのが19世紀末。20世紀はその幕開けとともに動く映像として歴史を記録することが可能になった最初の世紀となった。
映像というメディアが、やがて発達・浸透していくなかで歴史に大きくかかわり、世界を動かす程に巨大な存在となっていく過程を含め、「映像の世紀」と呼ぶにふさわしい20世紀の記録映像を世界30ヶ国以上、約200ヶ所の資料館から発掘・収集して構成された本シリーズ。

ここからは僕の感想。 
歴史の圧倒的な大波に翻弄されてゆく人々の姿が悲しく、観るたびに涙がこぼれる。
戦争にむかって動き出した巨大な歯車は、誰にも止められないのか。

初めて観たときは高校生だった。家族に泣いているところをみられるのがいやで、部屋に閉じこもって観ていたことを思い出す。
加古隆の名曲、「パリは燃えているか」が歴史の犠牲者たちへの鎮魂歌のように心に沁みる。

みなさんは、いつ、どんな風にこの作品をご覧になったのだろうか?
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by priestk | 2004-09-12 03:07 | 雑談