日本政治の考察
by priestk
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クールな世論の覚悟を問う――邦人人質事件
救出に全力尽くすとの基本方針変わりない=邦人人質事件で小泉首相
Excite エキサイト : 主要ニュース

今回のイラクの邦人人質事件に関し、政府の対応を批判する声は少ない。
主要な全国紙の社説を眺めても、「自衛隊は撤退しない」という方針に対する反論はまったく見受けられなかった。

こうした国内世論が作られた大きな理由は、①「テロリストの要求には屈しない」という国民的コンセンサスの醸成、②被害者のあまりに軽率な行動、などが挙げられるだろう。これに付け加えて言えば、4月の人質事件を経て、③政府と国民の間に人質事件対応への「慣れ」が生まれてきたことも見逃せないのではないか。

前回の事件の経過を逐一見て、国民は、政府が出来ることと出来ないことが(ある程度)判ったように思われる。その結果、過剰な楽観論や悲観論がなくなって、現在のような「クールな反応」になっている可能性がある。

事件を冷静に見ること自体は、むしろ歓迎すべきことであろう。しかし、第4、第5の事件が起きたときも、こうした反応を維持できるかどうかはわからない。たとえば、自衛官や外交官の拉致事件が発生しても、世論はクールな反応で済ますことができるだろうか。あるいは、イラクや中東以外の場所で、もしも現職閣僚や大物財界人の拉致が起きたとしたら。

人間の命の重さに差はないはずだ。政府は、そして国民は、「テロリストの要求に屈しない」という原則を支持した以上、どんな地位にある人物が人質になっても、その姿勢をつらぬく覚悟があるのだろうか。

■追記
この記事は、イラクで香田さんと見られる遺体が発見される数時間前に書かれた。
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# by priestk | 2004-10-30 02:11 | その他内政・外交
日本人人質事件、ふたたび
「テロに屈しない」と首相、拉致されたのは福岡の男性との報道も
Excite エキサイト : 主要ニュース

日本人が、イラクで武装グループに拘束された。
正午すこし前の民放報道によれば、人質となっているのは福岡県出身の24歳の男性。ワーキング・ホリディでニュージーランドに渡っていたはずが、今年7月から家族とも音信不通の状況が続いていたという。その後、ヨルダンのアンマンに滞在していたと見られ、ヨルダン人の知人に「イラクへ行きたい」と洩らしていたとのこと。

人質が本当にこの福岡出身の男性だとすれば、政府と世論の今後の反応に注目せずにはおられない。良くも悪くも、あのときの「自己責任論」ほど、日本と欧米の価値観の相違を際立たせたものはなかった。

ともあれ、今は人質となっている方のご無事を祈りたい。
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# by priestk | 2004-10-27 12:33 | その他内政・外交
マタギ料理を食って考えた
今晩のおかずは、マタギから買ったイワナと鴨の串焼きと、マイタケの味噌汁。両親が福島県に日帰り旅行に行き、お土産に買ってきてくれたものだ。母によれば、車一台がやっと通れる崖沿いの山道を行ったところに、そのマタギの店がある。

ちなみに、僕の職場の同僚には福島出身者と宮城出身者がいるのだが、二人とも「福島にマタギがいるなんて聞いたことがない」と言う。一応、ネットで調べてみたところ、会津地方の只見町などには現在も健在だ。
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イワナと鴨は、最初から軽く燻してある。これを家で焼いて食べるのだ。まず、妻が焼いてくれたイワナをほおばった。ぎゅっと詰まった白身の肉。ほのかに香る燻製のような香り。鮎なんかメじゃないほど、旨い。食べごたえもある。鴨は、なんといっても皮が旨かった。肉は鶏肉と比べて固いが、噛めば噛むほど味が出る。

マタギと同じものを食べていると思うと、なんだか自分までマタギになったような気分になるから不思議だ。いや、僕の発想が単純なだけか。笑

マタギは、東北地方に暮らす、狩猟の民、山の民である。熊など大型獣の集団猟を得意とし、猟に際しては仲間内でのみ通じる独自の言葉を使う。また、農耕民族とちがう山神信仰と、厳格な戒律を持つ。

狩猟の生活。正直いって、経済的には楽ではなさそうだ。最近では、観光客相手の山のガイドとして生計を成り立たせているケースも少なくないと聞く。マタギの高齢化も進んでいる。

市場主義経済の波は、奥羽山脈の山深い集落にまで押し寄せてきている。江戸時代以前から続く、マタギという生き方。失われてしまうのは、そう遠い先ではないだろう。どうにも寂しい話だ。いろいろな生き方があっていい、いろいろな職業があっていい、と僕は思うのだが。
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# by priestk | 2004-10-27 00:39 | 雑談
西園寺公望の皇室観
国家と伝統
 どんな国家であれ、暴力のみで人々を支配できるほどに強くはない。だから、国家はシンボルを必要とする。国旗と国歌、国民共通の言語と歴史、そして、国家元首。これらは、多かれ少なかれ、精緻に作り上げられた人為の産物だ。しかし、時を経るごとに作為性は薄れ、自然なもの、古いもの、愛着のあるもの、つまり、「伝統」として認識されるようになる。

 「伝統」は国家を安定的に存続させる上で、非常に重要な要素にちがいない。その反面、国民の意識の奥深くまで浸透した「伝統」は、「常識」として人々の思考と行動をしばるようにもなる。
 たまには、その「伝統」を再考してみることも、社会の知的風通しを良くするために必要だ。今回は、元老就任後、亡くなるそのときまで天皇側近として行動した、西園寺公望の皇室観を手がかりに、天皇制の「伝統」を考えたい。

西園寺の皇室観
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 西園寺公望(1849~1940)は、日本政治史を語る上で、興味の尽きない人物だ。10代で山陰道鎮撫総督に任ぜられ戊辰戦争に従軍してから、軍部ファシズムの台頭を憂いつつ91歳で没するまで、彼は独特のスタンスで政治と関わり続けた。西園寺は、晩年に彼の皇室観を次のように語っている。
大臣など、御前に出るのを遠慮しすぎる、日常の政務は、天皇と意見が異なった場合でも遠慮せず反対の理由を奏上して差し支えない、明治天皇の御世でも、たとえ天皇が反対されても、これはこうしなければならないと直言し、時には激論の後にご理解を得たこともある、そこに輔弼ということがあるのである、「君臣の礼、上下の別というものは、ただ思し召しに違わない、御言葉には皆従うということではない」
 岡義武氏によれば、このような一種「リベラル」な皇室観は、たしかに彼の出自――清華家の出身であり、明治天皇の遊び相手だった――に由来する部分が大きい。同時に、彼自身が早くから西洋文明に憧れ、公卿としては初めて断髪し、また洋装で参内した人物であることからも伺えるように、生粋の開明家だったことも影響している。

伊藤博文の皇室観
 薩長の元老たちにとって、天皇(皇室)は、藩閥政府の支配を正統化する最大のよりどころであった。特に伊藤博文は、「胸間に勲章をきらめかして勿体ぶって振舞うことが甚だ好き」だった。生来の名誉心の強い性格から、伊藤は厳粛荘重な「栄誉の体系」である皇室制度と華族令を整備してゆく。
 伊藤のこうした皇室政策に対して、西園寺は次のように評している。
わたしどもは、自然的にリベラールに皇室を敬うと共にもっと親しみのあるようにしたい考えであったが、伊藤の方は――全体、あの人は荘重文雅というようなことがすきでね――皇室に対しては言語から改める。わたくしと云っていい場合にも、臣がとか、臣博文がとか云う。伊藤の奏議を聞くには漢学の稽古からしてかからなければ――と陛下(明治天皇)が笑われた
 歴代天皇の信任がきわめて篤かった西園寺公望。その彼が語る皇室観は、教科書で教わる戦前の「天皇絶対主義」とは、かけ離れたものだ。 
 余談だが、最近、宮内庁の厳格な諸規制がすこぶる悪名高い。彼ら自身は、「伝統的」スタイルにのっとって自らの職責を果たしているだけだと考えているのだろう。しかし、「荘厳にして厳粛たる」皇室の伝統の根拠をたどれば、伊藤博文のパーソナリティーに行き着くに過ぎないのだ。

■参照・引用文献
岡義武『近代日本の政治家』岩波現代文庫、2001年。
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# by priestk | 2004-10-26 02:42 | 天皇論
「災害弱者」が心配だ
新潟で震度6強3回=3人死亡、5人生き埋め
Excite エキサイト : 主要ニュース

今回の新潟地震。
僕の住む地域では、震度4程度の揺れだった。
地震発生時、僕がいたのは比較的空いた映画館。真っ暗な映画館での揺れが、こんなに薄気味悪いものとは思わなかった。
東京直下で今回の規模の地震が起きたら、地震そのものよりも、停電や情報不足によるパニックが心配だ。

さて、今年の風水害による死者・行方不明者は220名にのぼるという(『朝日新聞』10月21日付、「台風23号、死者67人 今年の風水害死亡・不明220人 」)。被害者の中には、足腰や視聴覚が不自由な、いわゆる「災害弱者」が少なくない。実際、台風23号の90名の被害者のうち、49名を65歳以上の高齢者が占めている。

各自治体では、町会・自治会や民生委員にお願いして、「災害弱者」の把握に努めていると聞く。また、ポットなどの家電製品に安否を確認するための発信機器を取りつけるなどの試みも始まっている。

自治体職員や消防関係の方々が、「災害弱者」を守ろうと努力されていることは重々承知だ。しかし行政の対応力には、おのずから限界がある。
高齢者がいる家庭では家族が、高齢者の多い地域では近隣住民が、いざという時のために備えておくことがとても大切になるだろう。
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# by priestk | 2004-10-24 00:49 | 防災・危機管理論