日本政治の考察
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内閣改造は4日後!「森派支配」の確立なるか
Excite エキサイト : 政治ニュース
最近、「古賀議員」といってピンとくるのは、民主党の古賀潤一郎衆院議員だが、
もう一人の「古賀議員」の動きがにわかに注目を集めている。

古賀誠元幹事長・・・
森内閣では、野中広務の側近中の側近として活躍。
第二次森内閣では幹事長の重責を担うことになった男だ。
小泉政権発足後は、道路公団改革やイラク派兵に反発。
まさに抵抗勢力のキーパーソンであった。
しかし、ここ一年ほどは、派閥会長である堀内氏との折り合いが悪く、
ほとんど目立った活動を見せていない。

その彼が、上記の毎日新聞記事によれば、今回の内閣改造で
閣僚就任要請があった場合、引き受けるという。

古賀入閣は、小泉・青木・森ラインによる、あからさまな士志の会の分断作戦だ。
ポスト小泉候補には、あくまで安倍晋三幹事長をすえて、
森・小泉・安倍へと続く「森派支配」を確立したいということなのだろう。

しかし、田中角栄が築きあげた「田中派支配」とは異なり、
「森派支配」にはあきらかな弱点が存在する。
旧田中派は、「カネ」という強固な接着剤で議員同士を運命共同体のように結びつけいていたのに対して、森派は「トップのカリスマ」という移ろいやすいリソースに依存している。

果たして、2年後も安倍氏のカリスマ性は衰えていないのだろうか?
前出の記事が指摘しているように、2年後、もし古賀誠元幹事長が野田聖子元郵政相の擁立に走ったらどうなるか。
野田総裁=初の女性首相の誕生というシナリオは、将来、自民党が民主党にとことんまで押されたとき、最後にとりうる「大逆転カード」である。
なにが起きるか、わからない。
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# by priestk | 2004-09-23 22:35 | 政局・選挙
小泉首相の妥協(書評:バーナード・クリック『現代政治学入門』講談社、2003年)
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政治を動かしていく上で、妥協は必然だという人たちがいる。
反対に、妥協するのは卑怯だという人たちもいる。
どちらの意見が正しいのだろうか。
この問題を、小泉政権の現状分析と、イギリスの著名な政治学者であるバーナード・クリックの著作をからめて考えてみたい。

現在の日本政治の風潮から判断すると、
妥協はあまり良いこととは思われていない気がする。

3年前、小泉首相が党内の反対をおし切って、毅然として
改革にとりくむ姿勢をアピールしたことに、国民は歓呼の声を上げた。
「抵抗勢力」への非妥協的態度が、大いに評価されたわけである。

実際、今月末に行なわれるはずの内閣改造を考えてみよう。
(可能性は低いが)もしも首相が党内に妥協的な人事を行なった場合にはどうなるか。
おそらくは、改革に対する裏切りということで、世論の総スカンを食らい、
内閣支持率を大きく減らすことになるとみていい。

では、政治的妥協とは、有権者への裏切りであり、不誠実さの表れにすぎないのだろうか。
もちろん、そうとは割り切れないだろう。

クリック教授は次のようにいう。
「思うに真の政治家がおこなう妥協は、少なくとも『少しでも物事を』良くするものであり、これに反して、時間稼ぎ屋は巧妙に問題解決を引き延ばすだけであって、その問題は後になってほかのひとびとが片づけるべきものとして残されることになる。つまり前者は政権を握ったうえでの活動を追いもとめ、後者はひたすら政権それ自体を追いもとめるだけなのだ」(44ページ)。

つまり、こういうことだ。
あなたが小泉首相の掲げる政策を支持しているのであれば、彼が自民党に妥協したとか、改革の姿勢が後退したように見えるからといって、支持をやめるのはナンセンスである。
それよりも、その妥協が改革を一歩でも進めるためのものなのかどうか、見極めることが大切だ。
あなたが小泉首相の掲げる政策に反対しているのであれば、小泉首相が妥協したように見えたからといって油断するな。取り返しのつかない第一歩を、彼は踏み出すかもしれない。

蛇足だが、僕の小泉首相に対する評価は、「嫌いだが評価できる政治家」である(この評価基準については、以前の記事『書評:魚住昭「野中広務 差別と権力」』を参照)。
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# by priestk | 2004-09-22 03:30 | 政治・政治学書籍
バーとB'zとジャパニーズ・ポップスの起源(書評:兵藤裕己『<声>の国民国家・日本』)
昨夜は友人とひさしぶりにバーへ行った。
迷路のような細い路地をぬけ、雑居ビルの二階へ。
照明はかなり暗いが、バーテンダーの方は明るく丁寧。
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気をよくして友人と飲み語らううち、話題はジャパニーズ・ポップス論へと展開する。

僕「ジャパニーズ・ポップスってさ、R&Bとかヒップホップとか海外の音楽を取り入れるけど、それはメロディを輸入してるだけなんだよな」

友人「そうそう、日本に輸入された途端、歌詞が甘いラブソングになって、女々しいんだよ。完全に演歌だな」

僕「『君がいなくては生きていけない~』ってのばっかだ。このメンタリティは世代を超えてるよ。サザン、ミスチル…」

友人「例外はある。B'z。彼らは意識的に演歌的な歌詞を避けて作曲してるんだ。『さまよえる蒼い弾丸』とか」

僕「でも売れているのはちがう曲でしょ」

友人「そうなんだ、『アローン』とか、ド演歌(笑)」

さて、ここで当然の疑問がわいてくる。
演歌的としかいいようがない義理人情を好む日本人の音楽体質は、
なぜ、どのようにして形づくられてきたのか。
この疑問へのとっかかりを与えてくれるのが、次の本である。

兵藤裕己『<声>の国民国家・日本』日本放送出版協会、2000年。
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以下、著作の表紙の裏書から抜き出す。
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「浪花節の<声>が創る心性の共同体」
日本が近代国家としてスタートするにあたり、
天皇を親とする"日本人"の民族意識を形作ったのは、
近代的な法制度や統治機構などではなく、
浪花節芸人の発する"声"だった。
彼らの語る、忠君愛国、義理人情、無宿渡世のアウトローの物語は、
政治から疎外された人々を、異様な陶酔と昂揚に巻き込み、
無垢で亀裂のない心性とモラルの共同体へとからめとる。
浪花節の<声>という視点に立ち、
近代日本の成立を問い直す問題の書。
--------------------------------------------------------

以下は僕の感想。
日本人が、自分のことを「日本人」であると意識し始めたのはいつ頃か?
これは興味のつきないテーマである。
卑弥呼の時代から日本人意識はあったかもしれない。
ひらがなの発明が日本人としての自己意識の確立という説もある。
明治以降の戦争と新聞によって、大衆レベルにまで民族意識が共有化されたという説も有力だ。

これに対して、兵藤氏は、浪花節こそが日本人の民族意識を形成したと主張する。
なかなかの奇説だ。
しかし、次々と提示される資料を目の当たりにすると、説得力がある。

昭和7年にNHKが行なった第1回全国ラジオ調査の、聴者の好む番組ランキング
では浪花節の人気が第一位で57パーセントを占めたという。
浄瑠璃などほかの大衆芸能を大きく引き離していた。

さて、今日の話題は、ジャパニーズ・ポップスの演歌的体質の謎だった。
日本で初めて電波にのった大衆芸能のうち、もっとも好評を博したのが、浪花節である。
一度かたちづくられた民族の音楽的体質は、そうそう変化するものではないはずである。
であるならば、浪花節のもつエートス(社会的心性)は、戦後の演歌へと引き継がれ、
そしてまたジャパニーズ・ポップスへと流れ込んでいるのではないか。

こう考えると面白くない?
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# by priestk | 2004-09-18 01:34 | 政治・政治学書籍
政治学「超」勉強法・実践編
レポートや論文のテーマが決まらない・・・。
学生・院生・研究者ならばだれしもが経験しうる無間地獄。
乏しい自分の体験から、苦しまぎれに二つの勉強法を編み出してみた。冗談半分でお読みいただきたい(下の本の画像は洒落で作ったモノで実在しないのであしからず)。
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ワザその一。「資料収集マニアの術」=実証的な研究スタイルをとる方へ。
トピックはなんでもいいので、数年前に起きた事件・事故の関連資料を集めまくる(雑誌記事、新聞記事、もしあれば公的機関の報告書など)。
関連資料を集めているうちに、集めること自体が楽しくなってくる。
資料収集を自己目的化させることができればしめたものだ。
集まった資料を時系列的に整理すれば、それでケース・スタディの材料は完成。

うまくまとめるコツは、「同時多発テロ」とか「BSE問題」のような大きすぎるテーマを選ばないこと。
先行研究を調べ、資料に目を通すのに一苦労する。
「1990年代前半におけるロサンゼルス○○地区の再開発政策」くらいがベター。
もう一つのコツは、「新しすぎず古すぎない」事件を選ぶこと。
新しい事件は、その全貌がつかみにくく社会的評価も定まっていないのでなかなか書きづらい。
古すぎると、資料を手軽に入手しにくくなってしまう場合がある。

ワザその二。「理不尽逆上の術」=規範的な研究スタイルをとる方へ。
最近、TVを観たり新聞を読んでいるとき、腹がたったことはないだろうか。
他人に思わず話したくなるくらい、腹立たしいトピックに思いあたればしめたものだ。
社会や特定の集団に対して抱く「おかしい!」「間違っている!」という感情は、けっこう自分の中で長続きするし、
まわりから「ヤツは問題意識をもっている」と評価してもらえるかもしれない。
今年のアメリカ政治学会のメインテーマだった「経済的不平等」や、
ジェンダー、人種・エスニシティ問題の専門家たちにとっては、
多かれ少なかれ、こうした感情が研究の原動力となっていると思われる。

うーん。「超」勉強法と銘打ったけど、やっぱり役に立たなそう・・・。
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# by priestk | 2004-09-14 00:43 | 政治・政治学書籍
映像の世紀(1)20世紀の幕開け
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1995年にNHKで放送された有名な歴史ドキュメンタリー作品。
90年代におけるNHKドキュメンタリーの最高傑作といっていい。
以下、内容の要約をamazonのレビューから抜粋させていただく。
リュミエール兄弟がシネマトグラフを発明し、人類が動く映像を記録するという術を得たのが19世紀末。20世紀はその幕開けとともに動く映像として歴史を記録することが可能になった最初の世紀となった。
映像というメディアが、やがて発達・浸透していくなかで歴史に大きくかかわり、世界を動かす程に巨大な存在となっていく過程を含め、「映像の世紀」と呼ぶにふさわしい20世紀の記録映像を世界30ヶ国以上、約200ヶ所の資料館から発掘・収集して構成された本シリーズ。

ここからは僕の感想。 
歴史の圧倒的な大波に翻弄されてゆく人々の姿が悲しく、観るたびに涙がこぼれる。
戦争にむかって動き出した巨大な歯車は、誰にも止められないのか。

初めて観たときは高校生だった。家族に泣いているところをみられるのがいやで、部屋に閉じこもって観ていたことを思い出す。
加古隆の名曲、「パリは燃えているか」が歴史の犠牲者たちへの鎮魂歌のように心に沁みる。

みなさんは、いつ、どんな風にこの作品をご覧になったのだろうか?
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# by priestk | 2004-09-12 03:07 | 雑談